ハーフマラソンスタート時(午前8時05分)の天候は曇り、気温24.1度、湿度66.8%。少し風はありましたが、東京レガシーハーフマラソン2022はまずまずの気象条件下での開催となりました。
エリート男子は2020年まで日本の実業団チームに在籍したヴィンセント・キプケモイ(ケニア)が1時間00分10秒でフィニッシュ。記念すべき東京レガシーハーフマラソン第1回大会優勝者となり、「とても良いレースができました。準備をしてきた結果を出せました」と笑顔で感想を語りました。
レースは最初の5km通過が14分24秒で、20人以上が集団を形成していました。5kmから、参加選手中最速の57分59秒の自己記録を持つアレクサンダー・ムティソ(ケニア・NDソフト)が差をつけ始めましたが、6km過ぎには集団が追いつきました。そのときにペースが上がり、日本選手で集団に残ったのは村山謙太(旭化成)1人になっていました。
10kmは28分42秒通過で集団は12人に。健闘していた村山も13km過ぎで集団から後れ始めました。15kmは42分54秒の通過で6人の集団を、ベナード・キメリ(ケニア・富士通)とキプケモイが引っ張っていました。18kmまでにキメリが後れ、キプケモイとムティソのマッチレースになりましたが、19km過ぎの上りでキプケモイがリードを奪って逃げ切りました。
キプケモイの優勝タイムは1時間00分10秒で、2位のムティソに19秒差をつけました。目標としていた59分台は惜しくも出せませんでしたが、起伏もあるコースであることを考えれば好記録です。
レース後の記者会見でキプケモイは、「最近は少しハードな練習をしています。スピードトレーニングを増やしていますね」と好調の要因を挙げていました。
日本の実業団チームを離れた後はケニアのイテンを拠点にトレーニングを積んでおり、次のレースは来年1月にスペインで行われる10kmロードですが、その後は「マラソンにシフトしていこうと思っています」と、フルマラソンに進出するプランを持っています。
日本勢トップ争いは終盤で村山、上門大祐(大塚製薬)、西山雄介(トヨタ自動車)の三つ巴になりましたが、国立競技場に入って残り200mでスパートした村山が1時間02分14秒で制しました。
会見では「トレーニングはしっかりできていて、自己記録(1時間00分50秒)も狙える状態だったので、記録的には良くありませんでした」と残念そうな表情も見せました。しかし12月のマラソンに出場予定で「自分の状態を確認すること」が今大会の目的だったことを考えれば、「良いステップになった」という自己評価もしていました。
男子は優勝者も日本人トップ選手も、今後のマラソンが注目されます。
女子はドルフィンニャボケ・オマレ(ケニア・ユーエスイー)が5kmを15分59秒で入り、2位集団の外国人3選手に100m近い差をつけていました。オマレの10km通過は32分20秒で、単独2位にキャロライン・ニャガ(ケニア)が上がっていましたが、オマレとの差は18秒で変わりません。
しかし15kmまでの5kmを16分05秒と、ニャガが10kmまでの5kmより16秒もペースアップ。オマレを抜いてトップに立ち、そのままフィニッシュしました。ニャガの優勝記録の1時間08分23秒は、自己記録を1分37秒も更新するタイムです。
記者会見では「2回目のハーフマラソンで優勝できて、自己記録も出すことができて大変うれしいです。ライバルに前に行かれてキツいレースになると思いましたが、10kmからペースを上げることができました」と笑顔で話しました。
今年のアフリカ選手権で5,000mは3位、10,000mでは優勝しているニャガですが、来年の世界陸上ブダペスト大会の参加標準記録はまだ破っていません。「標準記録突破に向けてベストを尽くして練習していきます」と、世界陸上のケニア代表入りに向けて意気込んでいました。
日本勢は大森菜月(ダイハツ)が序盤を単独5位でレースを進めていましたが、山口遥(AC・KITA)が10km手前で大森とベアトリス・チェブレト(ケニア)に追いつき、間もなく山口が2人を引き離しました。
山口は12km付近で3位を走るベッツィ・サイナ(アメリカ)に追いつきましたが、サイナも山口に食い下がります。しかし山口が「ラスト3kmくらいの上りでスパート」をかけて引き離し、1時間10分35秒で日本人トップの3位に入りました。
会見では「10kmの通過タイムを見て目標を自己新から3位入賞に切り換えましたが、競り合いに勝ち切れたことはよかったです」と笑顔で話しました。
自己記録の1時間09分50秒は更新できませんでしたが、今後のマラソンにつながる走りだったと言います。
「いつもは(大きなマラソンでは)第1集団にはつかずに後方でレースを進めてきましたが、次のマラソンでは第1集団で走れるようにしたいです」
また、昨年の東京パラリンピックでブラインド走者のガイドランナーの経験もある山口は、以下のように感想を話していました。
「一緒に走ることができてとてもうれしかったですし、パラの選手たちにとってもすごく良い環境で走れたと思います。こうした形で続いていってほしいですし、他にも一緒に走れる大会が増えていってほしいと思います」
東京レガシーハーフマラソンで多くのアスリートが抱いた気持ちを代弁していました。