東京レガシーハーフマラソン2022 の関連イベントとして、大会前日の10月15日、「パラ陸上教室in 国立競技場」を開催しました。
小学生以上の障がいのある人(車いすユーザー、知的障がい・ダウン症、脳原性まひ)を対象にした陸上初心者向けの教室で、障がいごとに3つの教室が開かれ、それぞれ経験豊富なコーチやアスリートらが講師を務めました。
開会式では、東京マラソン財団の早野忠昭レースディレクターが、「障がいの有無に関わらず、すべての人に陸上競技と触れ合い、身近に感じていただく機会として企画しました。ここは昨年の東京2020大会で使われたスタジアムで、陸上選手にとっては夢の世界。誇りに思って楽しんください」と呼びかけ、プログラムはスタートしました。
なお、この教室は東京マラソンや東京レガシーハーフマラソンのチャリティを通したスポーツレガシー事業への寄付金を活用して実施されました。
同事業のチャリティ・アンバサダーで、今回のイベントMCも務めたM高史さんは、「自分の好きなランニングを通じて、支援を必要としている誰かの役に立てるチャリティは素晴らしい活動」と話し、寄付金がこうした教室に活用され、参加者の元気や笑顔につながっている様子は、チャリティ参加者に、「機会があれば、ぜひ見ていただきたいですね」と願っていました。
■競技用車いす、レーサーで憧れのトラックを疾走!
車いすユーザーを対象にした「車いす陸上教室」には8名が参加しました。貸し出し用のレーサー(競技用車いす)も用意され、車いすマラソンのパラリンピアン、花岡伸和さんや、寒河江核さん(ともに、関東パラ陸上競技協会)の指導のもと、日常用車いすからレーサーへの乗り移り方や漕ぎ方、速く走るコツなどを学びました。
レーサーと体のフィット感も大切です。講師は障がいの程度や体格、スポーツ経験などもさまざまな参加者それぞれに丁寧にアドバイスしていきます。準備ができたところで、憧れのトラックへ。思い思いのスタイルでランニングを繰り返していました。
参加者の大半は同じくスポーツレガシー事業で江戸川区と共催で江戸川区陸上競技場にて実施している「EDORIKUパラ陸上教室」の受講者で、この日の教室も和やかな雰囲気に。EDORIKUパラ陸上教室で講師を務めていた現役アスリートの中村嘉代選手もサポート役で参加され、「みんなが続けてくれていて嬉しいですね。パラ陸上は用具も必要で、最初の一歩を踏み出すにはこういうイベントが必要です。私自身も勉強になるし、できる限り協力していきたいです」と話していました。
EDORIKU教室からの参加者、宮原紬さん(6歳)は当時からレーサーよりもバスケットボール用車いすがお気に入りで、この日も一人、バスケ車で参加。日常用車いすにはない、操作性やスピード感が楽しくてたまらない様子です。見守っていたお母さまによれば、「普段、思うように動けないもどかしさを、教室で発散しているようです。可能性を広げる場になれば」と教室との出合いを喜んでいました。
東京パラリンピックもあり、トップ選手の練習環境は向上してきていますが、一般の愛好者がレーサーで気軽に走れる競技場などはまだ少なく、裾野は広がりにくい状況です。パラリンピックを目指すにも、まずは身近でパラ陸上を始める環境があり、気軽に楽しめることが大切です。講師の花岡さんは、「まずは『身体を動かすことって楽しい』と思ってほしい」と教室のあり方を話しました。
■かけっこで、体も心も動かす
知的障がい者向けの教室はヤマダホールディングス陸上競技部の田中宏昌監督と安部孝駿選手、森秀選手が講師を務めました。20名の参加者の中には障がいの特性からコミュニケーションが苦手な人も少なくなく、最初は急に走りだしたり、逆にうずくまったままの子などもいました。田中監督は「二人組になって握手してみましょう」「手はかけっこのように振りながら、歩いてみましょう」など笑顔で声をかけながら、横を一緒に走ります。体が動くと、心も動くのでしょう。時間が進むにつれ、参加者の表情は緩み、走るスピードも上がっていきました。
参加者の一人、ダウン症の深谷皐月さん(12歳)は9月に別のイベントに参加し、今回が2回目の陸上体験。「体を動かすのはもともと好きでしたが、今日も楽しそうでよかった」と観覧エリアでお母さまが目を細めていました。教室では日常生活では稀な、見知らぬ大勢の人たちに囲まれますが、「新しいことに触れるのは刺激的のようです。周りの人を応援したりという体験も日常ではなかなかなく貴重です」と喜んでいました。
「楽しすぎる~」と話してくれたのは矢下博久さん(16歳)です。今年から陸上競技に取り組みはじめると才能が開花。10月上旬には宮崎市で行われた大会でダウン症男子200mの日本新記録(33秒18)を樹立しました。お母さまは、もっと練習できるように、「受け入れてもらえるクラブを探していますが、難しい。こうした教室はありがたいです」と話していました。
田中監督は知的障がい者向けの陸上教室の講師役は2回目だといい、「話すスピードや使う言葉も選びながら、参加者の様子に合わせて教室の中身も臨機応変に行っています。子どもたちの表情がだんだん変化していくところに、やりがいを感じます。こうした陸上教室は少ないので、今後も続けていきたいです」と話しました。
■新種目のフレームランニング、普及のきっかけに
脳原性まひの選手を対象としたパラ陸上の新種目、フレームランニング教室も平松竜司さん(日本パラ陸上競技連盟)らの指導で行われました。
フレームランナーと呼ばれるペダルのない三輪車を使い、サドルと胸あてで体を支え、自身の脚で地面を蹴って進みます。ヨーロッパを中心に普及が始まり、2019年世界パラ陸上競技選手権でも正式種目として初めて実施され、今後、広がりが期待される種目です。日本でも今年初めて、日本パラ陸上競技選手権で公開種目として行われましたが、まだ認知度が低いのが現状です。ただ、この日参加した3名はとても熱心で、競技の可能性を感じさせました。
その一人、安野祐平さん(32歳)は東京パラリンピック車いす100mで5位入賞の現役アスリートです。同行していたお父さまによれば、最初は脚で漕ぐフレームランナーをダイエット目的で購入し、毎朝2~3kmの散歩に使い始めたそうですが、今後はレーサーとの“二刀流”で世界を狙っていきたいそうです。
石井勝さん(26歳)も自前のフレームランナーで参加しました。普段はロフストランドと呼ばれる特殊な杖を使って歩いていますが、走ることは難しいそうです。可能性を感じて約半年前にフレームランナーを購入。「今までに経験したことがないスピードがでるところが魅力。今日はこんな素晴らしい競技場で走れて嬉しい。もっと普及してほしいし、僕も世界で戦える選手になりたいです」と意気込んでしました。
フレームランナーを輸入販売している三山慧さんは、「デンマーク製で1台約50万円、レーサーと同額くらい。こうしたイベントを利用して、一人でも多くの人に体験し楽しさを知ってほしいですね」と話していました。
■みんなでリレー、一緒にフィニッシュ
最後は、各教室のコーチ陣やゲストアスリートが2チームに分かれ、リレーで競う様子を応援。ゲストアスリートはスポーツレガシー事業が支援するダイヤモンドアスリートプログラムから、修了生の江島雅紀選手(富士通)と第7期生の栁田大輝選手(東洋大学)の2人。さらに、現役パラアスリートで翌日に東京レガシーハーフマラソンを控えた、全盲のスイマー木村敬一選手(東京ガス)、両足義足ランナーの湯口英理菜選手と(日本体育大学)と車いすレーサーの笹原拓歩選手(同)の3人で、木村選手は福成忠ガイドがサポートし、湯口選手はレーサー(競技用車いす)で参加しました。
リレーの応援後は教室参加者全員も加わってリレーコースを駆け抜け、一緒にフィニッシュして教室は終了しました。
閉会式では、スポーツレガシー事業への寄付金からフレームランナー2台が日本パラ陸上競技連盟に寄贈されました。同連盟の増田明美会長は寄贈への謝辞を述べ、さらに、「皆で協力するかたちで東京2020大会のレガシーが受け継がれていけば、いい社会になっていきますよね。今日はそんな一歩を与えていただき、ありがとうございました」と多くのサポートにも感謝していました。
東京マラソン財団の伊藤静夫理事長も、「ひとつ挙げるとすれば、多くの人の連係プレーが素晴らしく、例えば、日本パラ陸連、日本陸連、東京マラソン財団の3団体の連係は初めてではないでしょうか。これを絶対に発展させていかねばならないと強く確信しました。また来年、この会場で会いましょう」と挨拶し、プログラムは閉幕しました。
スポーツを通して参加者の世界を広げる一歩になる、こうしたパラ陸上教室を、今後も継続・発展させていきたいと思います。
<スポーツレガシー事業>
東京マラソン財団がスポーツを起点として21世紀の社会に、後世につながる「レガシー」を遺していきたいという想いから始めた事業で、東京マラソンチャリティを通じて寄付者の皆様よりお預かりした寄付金を、アスリートの強化・育成、スポーツ施設などの環境整備、スポーツ大会の支援などに活用しています。